更夜の睦言、明かされば (お侍 拍手お礼の六十一)

        〜小劇場より 番外編
 


そこは、それはそれは小じゃれた、
いかにもムーディーなカフェバーで。
さほど奇を衒わず、
さりとて重厚が過ぎ、格式ばった雰囲気のそれでもなく。
隠れ家的な空気を醸すための、
黄昏どきのような照明の配置もセンスよく。
調度品の数々も、押し付けがましくはない範囲で、
されど、会話が途切れたおりに、
ふと眺めるには十分に眼福、
心和ます上等な品々が揃えられており。
談笑の邪魔にならぬ程度のボリュームで、
趣味のいいジャズがゆったりと流れており。
客たちは肩から力を抜いてリラックスしつつも、
ハイセンスな枠からは逸脱しないことをこそ、
知的聡明な粋と理解し、
どんなに愉快な会話を選んでいても、
洒脱軽妙で通る範囲というものを常に心得ての、
スマートクールなスタイルが定番で。

 オンザロックよりも ドライマティニを
 ハイボールよりも ギムレットを

小さなグラスに微笑み浮かべ、
あくまでも落ち着いた雰囲気を尊重し、
気の利いたおしゃべりを交わす人々が集う。
そんな大人向けの空気がさざめく、
粋でシックな店内には、
外国の大使館の近場ということもあってか、
客層にも海外のプレス関係者が多い。
何げに拾えた会話は、そのほとんどが英語で。
日本にあった異国のような、
そんな不思議な感覚の満ちた空間でもあるのだが。
とはいえ、日本人が全く居ないワケじゃあない。
そこはグローバルな情報発信の街でもあってのこと、
様々なお国からお越しの人々が居合わせる、
人種の五色七彩状態の中にあって。
常連なのか、軽妙な英会話をなめらかに交わす、
古参から若いのまでと、
ほっとするよな日本人の姿も、
あちこちに当然見受けられるそんな中。

 「……。(何処の関係者なのかしら)」
 「さあ?(わたしは初めてお目にかかるけど)」

意味深な目配せや咳払いという、極力省略されたやり取りにて、
主には女性客らが
“誰か知ってる?”“情報求む”という
目線や電波のやり取りを交わす対象が、
表通りを見渡せる位置の、窓辺の席に着いておいで。
二人連れの彼らは、そうそう夜ごとに来る客でもないらしく。
されど…やや若手であろうに、
周囲を一向に見回すでないままの随分な落ち着きぶりといい、
店の古参格のボーイや、
カウンターのセンターポジションに立つバーテンとは、
目配せだけでオーダーが通るほどの物慣れた所作や態度といい。
相当に馴染みな存在ではあるようで。

 「ねえねえ、あなたの知り合いではないの?」

興味津々という関心載せた視線がいつまでも集中し、
なかなか収まる気配を見ぬのも無理はない。
二人とも、それはそれはすこぶるつきに、
端正にして魅力的な風貌をした、印象的な男たちでもあったから。
片やは、年の頃なら三十代前半か半ばほどの偉丈夫で、
華美なまでのクセはない顔容ながら、
さりとて誠実そうな折り目正しさがあってのこと、
見る人を惹きつける存在感を、自然な体温のようにして持ち合わせており。
かっちりとした肩や背中は、小粋なスーツを隙なく着こなし、
さりげない表情や動作の一つ一つが、大人の男の頼もしさを滲ませている。
そんな彼と向かい合うのは、
実年齢が計りにくい、それは妖冶な美丈夫であり。
色白な細おもてに、深色をたたえた切れ長の双眸がそれはよく映えていて、
かすかに小首を傾げて見せるそのたび、
耳元から流れての、シックなジャケットの肩先に揺れる、
クセのない黒髪に濡れたようなつやが散って何とも華麗。
間違いなく男性ではあるのに、中性的な雰囲気をたたえていて。
されど決して なよなよとしている訳でもなく。
むしろ、冴えて清冽な印象が鋭いほどの、視線の凄みはどうだろか。
下手に触れたなら視線ひとつで切り刻まれそうな、
そんな迫力さえ想起させ。
凄艶というのはこの青年のためにある言葉のような気さえするほど、
それは妖しい美しさをまとった、正に白皙の美形。

 「〜〜〜〜〜、で、………だから…。」
 「そうは言うが〜〜〜なのは、…だ。」

互いににこやかな表情のまま、何事かを熱心に語らっている二人であり。
その会話に集中しているものだから、
周囲からの秋波にも気がつかない彼らなのかもとも言えて。

 「何を話しているのかしら。」

オレンジジュースのシャンパン割り、
ミモザというカクテルを味わいながら。
カナダからの派遣記者、金髪のソバージュが魅惑的な美人が、
同じテーブルについていた連れの日本人記者へと囁いて。
意味深に色香をたたえた目許を潤ませ、
少しで良いから聞き取って、
断片でも翻訳してほしいという意を示す。
何しろ、問題の二人連れは、当然といや当然の話、
日本語での会話を交わしているワケで。
日本へ派遣されているくらいだ、
居合わせた皆様も、多少はヒアリングが出来そうなものながら。
店内に流れるBGMが、
盗み聞きを許さないカーテン代わりとなっている上、
どうも彼らの会話に使われている日本語は、
特殊な言語、いわゆる“訛り”の強いそれでもあるようで。

 「ねえねえ、何を話している彼らなの?」
 「全部知りたい訳じゃなし、少しでいいから教えてよ。」

他のテーブルでも似たような会話や仄めかしは、
多々見られるようなのだが、
問われ、強請(ねだ)られている側はといえば、

 「〜〜〜〜いや、あの。」
 「そ、そうは言われてもねぇ…。」

盗み聞きなんかへ加担したくはないというのが、
主たる理由ではあるが、
それ以上に………別の理由もあったりし。


 「大体 このところの大将の素行の悪さはなんやねんな。
  むちゃ振りし倒すわ、傍付き撒いて姿消すわて、どしよもないやないか。」
  (ここ最近の、御主様のお行儀の悪さはいかがしたことか。
   無理難題を仰せになったり、
   そうかと思えば付き人を振り切って行方を晦ませてしまわれる。
   一体どうしたことなのでしょうね。)

 「そんなん言われたかて、ボクは知らんもん。」
  (そのように言われましても、存じかねますが。)

 「何やて? 知らんで済むかいな。
  えらい勝手なこと言うてくれよるやないか。」
  (何ですって? 知らないでは済まされませんよ?
   たいそう理不尽なことをお言いではありませんか?)

 「せやかてなあ。」
  (ですけれど。)

 「お前が押さえ込まへんで、他の誰に御せるっちゅうんや、ええ?」
  (あなたが何としてでも説き伏せないと、
   他のどなたに敵うことだとお思いですか。いかがか?)

 「せやけど…元は言うたらあにさんが、
  学生やったころ どんだけ甘やかしとったんやいうのも問題ちゃうん?」
  (ですけれど…そもそもは兄上が、
   学生時代に溯り、どれほどのこと庇っておいでだったかに
   起因していることでもあるのではありませぬか?)

 「お? 何や何や、それて。」
  (おや、それは聞き捨てなりませんね。)

 「知らん思たら大間違い、ちゃぁんと聞いとぉで?
  二人組んで、えげつない悪さばーかりしとったって。
  須磨の山崎のおっちゃんから聞いてあんねん。」
  (私が何も知らないとお思いでしたら、それは浅はかと言うものですよ?
   お二人が仲睦まじくも気を合わせ、
   少々 度の過ぎた悪戯をばかり手掛けておいでだったこと。
   須磨のお家の山崎様から伺っておりますことですよ?)

 「そしたら何か?
  大将の悪たれぶりは、全部俺のせいやて言いよるんか、ごら。」
  (それでは何でしょうか、
   御主様の不行状は、
   すべて私の責任だと仰有るのですか? もしもし?)

 「違うやなんて どの口が言えるんやろか、言うてますのんや。」
  (違うと断言なさいますのでしょうか? 失礼ながら呆れてしまいます。)

 「何やて、何考えとんねん、このだぁほ!」
  (一体どういう料簡でしょうか、このあわてんぼうさんはもう。)

  以上、バイリンガルでお届けしました。

……いやまあ、あのね?
出来るだけ良心的に翻訳できないこともないとは思うのだけれども。
表面上は、周囲の女性記者たちがうっとり見守るほどのにこやかさ、
穏健で艶やかな語らい合いにしか見えないにも関わらず、
その実、こうまでベタな関西弁の応酬、
しかも速射砲のようなやりとりなのであり。
しかもしかも、まだまだ続くぞという熱の入りよう。

  『お主ら、上京して来てまで何をややこしいことで揉めておるか。』

これ以上の恥さらしはご勘弁をと、
赤くなったり青くなったりした“草”の皆様が、
直接の上司が例によって捕まらぬので、
畏れ多くも宗主様に乗り出して来ていただいての、
直接撤収にかかるまで。
実は実は 時たま恒例らしき兄弟喧嘩、
某M区のカフェバーにて、延々と繰り広げられたのだそうな。


  どないせぇっちゅうね〜ん。
(笑)




   〜どさくさ・どっとはらい〜  11.05.02.


  *これもまた、某Koさんから頂いていたネタでございまし。

   『関西弁による兄弟喧嘩、
    勿論 とばっちり東京の皆様』というものでしたが。

   ……関西弁の応酬って面白いですか?
   どんなに美形同士の、実のある会話でも、
   芸人さんのネタ披露よろしく、コミカルな代物にしかならないその上。
   美形なんだよ、ハンサムなんだよと口添えするのが
   物凄く空しくなるのは気のせいだろうか……。

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